吉村弘:FOUR POST CARDS

 ソースは吉村弘の最後の作品「FOUR POST CARDS」で、アップサンプリングは2種類。1つは16bit44.1khzをアップサンプリングしてディザあり24bit176.4khzにしたもの。Wavpack後の総サイズは904MB。もう一つはディザなし24bit192khzにしたものはWavpack後の総サイズは976MB。総演奏時間は31分。

 神奈川県立近代美術館葉山、鎌倉館の、開館と閉館の音楽を収めたCD。本当に良い音楽の例にもれずネット、オンサイト問わず大手販売店では入手はできず探し回る。ジャケット内の説明を読むとこの世を去る最後の作品、入院直前の作品であることがわかる。
 吉村弘は類稀な現代音楽家だ。作品としては他にもBGMや駅の発着音だったり、決して有名ではないが日常を音楽に換えてしまう音を手がけていた。彼の著作には世界の音に対する尽きない興味が記されている。
 「雨上がりの水溜りを車がはしりさった後のかすかなきらきら音。公園を散歩する中きこえてくるどこかの通風孔の音。道端の家の2階のベランダから降りてくる風鈴の音。病院の入口での不思議な音空間」など、「都市の中で自分自身のスピード感を取り戻すには、かなりの勇気がいる行為」とも語っているが、彼の音楽はそのきっかけを作ってくれる。
 いちばんの痛快なのは彼が携わった釧路市立博物館のBGMエピソード。館員によると「カナダ人の観光客が3日間、せっかく北海道に来たのだから見るところはいっぱいあるのに、館内の螺旋階段に腰掛けて、漂ってくるその音を一日中楽しんで聞いていた」というくだり。その観光客は知っていたんだなー。
 多くの音楽家が自分の音を作る中、彼は聴く人に、何気ない日常に潜む一瞬の永遠性を気付かせる。そして今度は聴く人がそれぞれの音楽に気付きだすという意味で、究極の現代音楽家である。このFOUR POST CARDSはまさにラストワークスとしてのまぶしいまでの完成度で頭が下がる。
 このアルバムも彼の意図を汲むのなら、できれば部屋の窓を開けて飛行機や車の音を部屋に招きながら、聴くのが理想である。騒音が騒音でなくなり、逆に全てが音楽に聴こえてくるはずである。
 さてこのアルバムは、アップサンプリング野郎にとっては非常に手ごわいソースでもある。音数も少なくどの曲もひかえめながら、ごく弱いディザをかけるFUSEでさえ歪が多く出る。よって手元には艶やかな音が楽しめるディザかけ版と、歪ないすっきりとしたディザなし版の両方を作成している。どちらもアプコン後は、音のひとつひとつが高らかに歌う至極の経験をさせてくれるはずである。